ふとした気づきや感じたことを【不登校母の気づき】として思いつくまま書いていきます。
私が感情的になることって、その状況や相手のことを間違って判断している場合も多いなと感じることが増えていた。
今朝それが急に鮮明に思い浮かんで、そのせいでだいぶ損しているのではないか?と思い始めた。
例えば不登校の息子たちに寄り添いたいと一生懸命考え、奮闘しているのに、子どもからネガティブな反応がかえってきた時
私が自分の気持ちだけを考え、押しつけていると感じているんだ!
と憤りを感じたり、
私が子どものことを全く考えていないと思っているんだ!
とショックを受けていた。
努力していることだから
大切だと思っていることだから
自分の思いを理解してもらえない。
認めてもらえないと感じてしまっていた。
でもそれは勘違いかも。
私の感じ方が間違っているかもしれないと思った。
なぜそう思ったかというと。
スッダ クドゥバさん著 『こどものスモールトラウマのためにできること: 内面で何が起きているのか』を読んで、子どもの言動は不安や怖さを感じたことによる混乱状態からのだったかもしれないと思ったからです。
また私の「思い込み」「思考の癖」なのかもしれないなと気づきました。
相手の反応が自分の言動のせいだと思いやすい。
それは元々わたしが持ってしまった信念だったり、
長男が不登校になって、随分いろいろ言われてきて、不登校の原因を自分の育て方や性格のせいだと思い込んでしまったからでもある。
私はここが未だに深い傷なんだよな…
そこで自分の能力や努力のせいと思うからショックを受けたり、
反対に頑張っているからこそ、その思いが伝わらない悲しさが憤りにつながっているように感じた。
でも『こどものスモールトラウマのためにできること: 内面で何が起きているのか』を読んで、子どもはただ混乱状態に居るだけかもしれないという視点がもてた。
そこで、安心して自分の内面を見ることができるようになった気がする。
子どもがその他のことで不安や怖さを感じてネガティブな表現(この本ではアクトイン・アクトアウトと書かれている。)をしているだけかもしれない。
この気づきは衝撃だった。
1.子どもの内面で起きている混乱
こどものスモールトラウマのためにできること: 内面で何が起きているのか
脳は危険を感じると混乱状態になり、思考脳が停止して、闘争か逃走、または凍り付き反応することがわかっている。
子どもが不安、上手くいかない、困った、怖いと感じることがあった時まず混乱状態になり、それを表現する。
そこで子どもは周りの人とつながり助けてもらおうとするけれど、受け入れられていない、拒絶されていると感じると更に混乱状態になる。
表現する方法として外側にあらわす行動と内側にあらわす行動のどちらかになる場合が多い。
この本ではアクトアウト・アクトインとして書かれています。
- アクトアウト→大声を出す、大げさな身ぶりと共に表現する
- アクトイン→内面に保つ。外からは口をすぼめる、拳を握りしめるなどの行動に一端を見られるかもしれない
本ではこのように書かれています.
わたしは癇癪や暴言、暴れるなどが外側に表現されたもの、不貞腐れる、無視する、ひきこもるなどが内側に表現されたものなのかなと感じました。
その時に安心したつながりを作ることが必要。
でも安心してつながることができないと混乱は酷くなり、自分や周りにとって良くない言動になりやすい。
これは大人も同じ。
2.大人の内面でも混乱は起きている
子どもとの関わりの中で不安や怖さを感じる時がある。
その時あんなに怒らないと決意したのに、感情が爆発して子どもを傷つる言葉を投げつけてしまう
後でなんであんなこと言ったのかと後悔する。
そんな経験たくさんある。
本当に何度後悔して、何度自分を責めたかわからない…。
でも何度もやってしまっていた。
この本を読んで混乱している自分に気づけるようになった。
自分の混乱に対処できるようになった。
感情が溢れることを理解し、安心するまで自分の気持ちに寄り添えるようになった。
相変わらず感情が溢れる時があるけれど、それをぶつけなくても大丈夫になってきた。
わたしにとってすごい変化。
でも自分が我慢したり、否定しているわけじゃない。
自分の感情はどれも当然あっていいじゃんと思えてるだけ。
それがとっても心地良い。
自分を大切にできていると感じる。
相手の言動を見て、どうしたら良いかわからなくて怖い、不安だと感じ、感情が暴走する。
こういう混乱状態は日常で大人同士でもよくあることだなと気づいた。
夫婦や両親、友達、仕事仲間などあらゆる人間関係でそういう場面に出会うな。
そんな時相手もおなじように混乱状態なのかもしれないな。
これを知ってから相手と安心してから話し合うことができるのではないかと思うようになった。
人と意見が衝突する時、まず敵対する気はないと相手にわかるような言動をする。
そしてお互いがつながりを確認できることを最優先にする。
そして、お互いの願いを受け止めてから、共にできることを相談していく。
こんな風にできたらいいな。
いつもは難しくても自分や相手の言動が混乱状態からきているかもしれないと知っていることは大きな力になるかもと感じた。
子どものことも同じ。
3.怖さや不安、混乱状態を理解し、表現する難しさ
またこの本では子どもが自分の中の混乱を上手く表現できない理由として
こんなにわかっていなかったんだなと愕然とした。
だから適切に(相手が受け入れやすい形で)表現する方法もわからない。
そこで泣きわめいたり、大声をあげたり、暴言や無視という行動になりやすいんだな。
そこで大人がまずつながりを作り、親子で安心することがとっても大切なんだ。
わたしには子どもが安心し、落ち着くことを手伝い、
そこから適切な表現方法ができるようにサポートすることができる。
そうやって上手になっていく練習をする。
そんな関わり方ができたんんだな。
でも実際は怒られたり、正しいやり方を押しつけられたりと安心して練習できる状態ではない場合がほとんどだな。
わたしも適切に表現する練習が全く足りていないんだな。
日本社会は否定と強制(ハラスメント)が多い社会で、小さな頃から感情を否定され、正しさを押しつけられる。
できなければ悪い子、ダメな子と思わされる。
子どものころ自分や周りの子どもに起きたことを思い出すと、そんな体験に溢れていたなと感じる。
自分が感じた不安や怖さを上手に表現する練習をするチャンスなのに、否定と強制でそのチャンスが奪われている。
親子の場面でも子どもが感じるのは「お母さんを困らせている、怒らせているから自分はダメな子。悪い子。」と認識してしまう可能性が高い。
適切な表現方法を練習できないまま
自分が悪いと思い込んだままそ大人になってしまっている場合も多いのではないか。
自己嫌悪、劣等感が多い社会。
自己肯定感の低い子どもが多い社会なのはそのせいではないのかなと感じる。
この本の中で
そのような状況のときに 、 大人がオリビアやアルマンと会話をするときに敬意を払わないと 、 彼らは、狭いゆがんだ解釈によって、 自分には価値がない、 出来が悪い、無能だ 、何か欠けている 、欠陥があるといった、 間違った結論に至るでしょう。
『こどものスモールトラウマのためにできること: 内面で何が起きているのか』スッダ クドゥバ著
と書かれている。
それが最初に書いた
自分のせいだ。
努力や能力が足りないんだ。
というような私の思考の癖、思い込みにつながっているなと思った。
お互いにでこんな勘違いをして、つながりが絶たれている気がする。
対立してわかりあえなくなっていること多い気がする。
不安や怖さを感じることを悪いこと、自分がダメなんだと信じてしまい、それを隠すために正しさをぶつける。
そうやって目の前の相手と対立してしまう。
弱さを見せ合いつながるチャンス、わかり合うチャンスなのに…
こんなことが起きているなと感じた
さき程紹介した本の言葉。
狭いゆがんだ解釈によって、 自分には価値がない、 出来が悪い、無能だ 、何か欠けている 、欠陥があるといった、 間違った結論に至っている。
そのせいで、相手の言葉を責められている、否定されていると捉えてしまう場合も多いなと感じた。
自分と相手
男性と女性
先生と保護者
親と子ども
お互いがありのままの気持ちを伝えられず、自分が欠陥があると思い、自分を守るために相手と戦ってしまっている気がする。
それは混乱状態にどうなるかを知らないこと
混乱状態を上手に表現できていないことが原因とわかった。
それではどうしたら良いか?
4.否定的な反応をするのではなく、子どもの混乱に気づき、安心してつながる
この本を読んだことで子どもや周りの人と安心してつながることができると思った。
みんな怖さや不安を感じ、混乱状態に居るかもしれない。
この視点を持てたことは大きい。
それではどうすると良いのか。
わたしが大事にしたいと思ったことです。
まず①はわたしがやっていることは
自分の絶対的な味方である自分がどんな感情もあっていいと肯定的に共感します。
②相手の気持ちに共感し、安心して大丈夫と言動で伝える。
息子たちには
どんな気持ちでも言って大丈夫だよ。
否定したり、責めたりしないよ。
と伝えています。
そうやって親と安心してつながっているんだと実感してもらってからいろいろな話しをしていくようになりました。
また「その話は今はしたくない」とか
「それは嫌だ」とか
「NO」を意思表示していいよと伝えています。
親の話しを聴いて、「NO!」と言える。
自分で選択できることが安心につながっていると思う。
そうやって何度もいろんな話をしていくなかで子どもからだけでなく自分の安心なんだと思える関係になってきたと感じる。
そして③のそれぞれの案を持ち寄り、安心のなかその子に
合った方法
できること
やりやすいやり方
安心して試せること
これらを選んで、試していけばいいんだとわかった。
それがわたし達親子にもたらした良い影響がたくさんある。
- 心が軽くなった
- 突っ込んだ話ができるようになった
- 様々な挑戦ができるようになった
いろいろな場面で可能性がひろがった
と実感している。
三兄弟それぞれの段階で進んでいるけれど、まずは次男が外とつながり、次のステップに。
昨年から始めた運動施設でのトレーニングからボランティアをすることになった。
ここでも安心を大事に。
混乱状態には寄り添って、表現できるサポートを。
三兄弟それぞれのペースで安心から自分に合ったことを挑戦していけるといいな。
それを支えていきたい。
そして不安や焦りを感じて、混乱する自分にも寄り添って、安心から関われるように自分のこともサポートしていきたいなと思う。
「不登校母の気づき」記事は軽く、短めに書こうと思って、書き始めたのに、結局長くなってしまった。
最後まで読んでくださった方、本当にありがとうございました。
皆さんににも安心が増えますように
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